ぶらり、大山 〜大山の不思議と素敵を語る〜 大山開山1300年祭 特別コラム

[第22回]奥日野桃源郷に魅せられて

1、日南町大宮地区の春.png

大山山系を代表する母なる川は日野川。大山の西麓、南麓に降った雪や雨がいくつもの沢や川を下り、大山を包み込むように流れる大河・日野川に注ぎます。江府町から伯耆町あたりでは、奥日野からの本流と集合し、勢いを増して下っていく。溝口という地名がありますが、文字通り"溝の口"で、勢いよく溝から水が流れていく様を表現しているとも。

さて、日野川の上流部を一般的に「奥日野」と表現しますが、ここには桃源郷のような、想像を超える美しい里(郷)が点在しています。上の写真は、日南町大宮地区。高原の盆地で、写真のような広大な水田が広がっています。5月中旬の最も新緑が美しい季節、表現ができないくらいに恋しい気持ちになります。何故なんだろう…。ちなみに、このあたりは印賀鋼で知られる"たたら製鉄"の中心地のひとつ。山を崩して砂鉄を採取する鉄穴流し(かんなながし)が盛んに行われた地域でもあることから、広大な水田はその副産物でもあるようです。もしかしたら、この地は今日の文明の基礎を築く「鉄の文明」、そして「稲作文明」が融合した桃源郷なのかもしれません。

この風景を懐かしく、愛おしく感じるのは、日本人に刻まれたDNAのなせる業なのだとも思います。それはこんな物語(神話)があるから…。
『大宮地区の更に奥地にはスサノオノミコトが降臨し、八岐大蛇を退治した神話の舞台・鳥上峰(現在の船通山)が鎮座しています。スサノオノミコトは、八岐大蛇の尾から天群雲剣(あめのむらくものつるぎ)(草薙剣)を取り出し、高天原のアマテラスに献上し、その後、この剣は天皇の三種の神器のひとつとなっていきます。』
天群雲剣は日本人の魂的存在でもある訳ですが、そのルーツが奥日野のこの風景の中にもあると思うと、ある種の感動さえ覚えます。きっと、奥日野桃源郷は神々の桃源郷でもあるに違いない。

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そんな桃源郷の中でも秘境感溢れる場所を写真だけ紹介します。地元の方には場所が特定できると思いますが…。大宮地区のような広がりはなく、閉ざされた空間ではありますが、それだけに手入れもされ、磨かれた里山空間となっています。左は標高約500mの畦道から撮った緑滴る里山と水田。右は標高約360mの深山に開かれた山里。といっても一軒しかありませんが…。幾重にも石で組まれた段々畑、紅葉した木々、そして可憐なサザンカの花たち、後方の霧に霞む山々…まさにイメージ通りの奥日野桃源郷でしょうか。詳しい場所はご紹介しません。気になる方はロケハンティングにお出かけください。

4,5.png

ここでご紹介したいのが、奥日野に魅せられた世界的な経済学者・故宇沢弘文さん。米子が生んだ心の経済学者として知られています。昨年12月には地元のCATV(中海テレビ)が制作したドキュメンタリー番組「米子が生んだ心の経済学者 ~宇沢弘文が遺したもの~」がNHK BS1のゴールデンタイムに放送され、大変な話題になりました。その中でこの風景も紹介されました。昭和20年、東大生だった宇沢さんは、ここ下石見の地を包み込むように立地する永福寺に疎開し終戦を迎え、またその後も夏休みを過ごし、昌賢和尚から影響を受けたというものでした。濃い緑、豊かな大地、赤瓦…見上げると地域の菩提寺である永福寺。氏はこの地に、桃源郷を見たのかもしれません。その後、アメリカ・シカゴなどで理論経済学を修め、「社会的共通基本」の概念を世界に向けて発表されました。ローマ法王にも進言する機会を得、その理論は世界でも評価され、ノーベル経済学賞の候補者として長年にわたって名前があがるほどでした。近年、国連が提唱するSDGs(2030年までに貧困や飢餓を撲滅するという目標)は、まさに宇沢さんの心の経済学を具現化したものとして広く認識されるようになりました。そんな国連の"SDGs"のルーツの原点がこの奥日野の風景の中にあったのではないか…。そう考える、ここは世界を代表する桃源郷なのかもしれません。

知られざる私たちふるさとの源流域はかくも美しい。春、新緑が輝く季節、是非、奥日野桃源郷探訪にお出かけください。"SDGs"に向けても、マインドセットできるはずです。

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